新紙幣の肖像に決まった渋沢栄一。その孫の敬三氏の肖像画に会いに行こう!(日本銀行見学)
「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一ですが、孫である敬三氏の肖像画の見学がおススメ!!
ご訪問いただきましてありがとうございます。
渋沢栄一
まずは簡単に新紙幣の渋沢栄一氏から紹介します。
略歴
現在の埼玉県深谷市の豪農の家に長男として産まれました。青年期は江戸で武術修行の傍ら尊攘派の志士と交流を深め討幕の計画を立てるが断念。
その後は逆に幕臣となり(変わり身の早さがすごいすよね^^;)ヨーロッパ各国を歴訪し、帰国すると大蔵省に入省するも大久保利通らともめて退官。
退官後はヨーロッパで学んだ株式会社設立を実践していくようになる。各鉄道やほとんどのビール会社(キリンやサッポロ、エビスなど)が有名だが、他には簡単にいうと「日本」が付く大企業はほぼ渋沢栄一が作ったと覚えておけば間違いない、日本銀行、日本郵便、日本通運、日本郵船、日本鋼管等々・・・。
結局500以上の会社を立ち上げたといわれる渋沢栄一は、三菱財閥一筋だった岩崎弥太郎とは馬が合わなかったと以前読んだ本に書いてあった気がするが、長男の妻に弥太郎の娘をもらっていることから反目しあいながらも認め合っている間柄だったのかもしれませんね。
渋沢敬三
略歴
渋沢栄一の長男、篤二の長男として産まれました。
順調におぼっちゃま学校の階段を駆け上がり、帝国大学(現在の東京大学)卒業後は各銀行や澁澤倉庫の取締役を歴任し、第2次世界大戦終戦の前年(1944年)に第16代日本銀行総裁に就任しました。
終戦後は幣原喜重郎に乞われ大蔵大臣に就任し、その後は国際電信電話(現在のKDDI)の初代社長などを務めました。
日本銀行の見学に行こう!!
ざっとお二人の略歴をご紹介しましたが、この敬三氏が第16代日本銀行総裁になっていましたね。
日本銀行は内部を見学できるのを知っていますか?
平日のみですが、予約を取っていくと普段は開放していないスペースが見学できるんですよ!!
私も5年ほど前に仕事の関係で見学に行ったことがあるんですが、あまり期待せずに行ったせいか、結構面白かったんです!!
見学の詳細については
こちらからご確認下さい。
小学5年生から無料で見学することができます。
この見学ツアーはガイドがついて説明を聞きながら進んで行くんですが、日本銀行旧館の地下にある金庫室(現在は使われていません)の内部にも入れます。
なぜ金庫室が地下なのか?ちゃんと理由があるんですが、見学に行くのを進めておいてネタばらししてもつまらないので、答えを知りたい方は見学に行くかコメント欄に「教えてくれよぅ」と書き込みをお願いします。
その後、2階の誰もいない赤じゅうたんが敷かれた長ーい廊下に行くと縦2メートルくらい(多分)のでかい肖像画が並んでいます。歴代の総裁の肖像画です。古い順に並んでいるのですが、どれも室内で椅子に座って眼光鋭く斜に構えていてうすっ暗い肖像画なのですが、その中で1枚だけ異彩を放つ肖像画が目に飛び込んできます。
それが、渋沢敬三氏です。
先ほども略歴で紹介しましたが、敬三氏の総裁在任期間は終戦の前年からです。つまり在任中に終戦を迎えたことになります。
敗戦し、東京は焼け野原になって人々は落ち込んでいるはずですが、この時に描かれた敬三氏はまっすぐこちらを見てジャケットのポケットに両手を入れ微笑んでいます。そして背景は、その焼け野原です!焼け野原の上には抜けるような青空が広がり、復興への希望を感じさせてくれるなんとも言えない明るい肖像画です。
絵心0の私ですが、その場を立ち去るのが本当に惜しくもう少しでいいから見させてくれーぃ!!と思いましたね。
みなさんにお見せできないのが非常に残念ですが、ネットで検索してもこの肖像画たちは1枚も出てきません。門外不出なのでしょう(´;ω;`)
機会があったら是非一度見学に行ってみてください。
おすすめの大人の遠足スポットですよ^^
長文におつきあいいただきましてありがとうございました。